2004年7月9日のぼやき

 

久しぶりの“ぼやき”です。
前回は別に自慢話をしたかったわけではないのですが、ちょっと他の仕事に追われボロボロになって途中までしか書けませんでした。
ようやく時間ができたので、今回はつづきを“ぼやき”ます。

さっそくですが、もう少し小さい頃のエピソードを紹介しながら「金聖雄」ってどんなやつか、自分で自分を暴いてみたいと思います。
前回ぼやいたように、東小橋ケンカNO.1と言う
称号を持っているからには、当然、他の小学校のやつらからしばしばケンカを売られることがあるわけです。
そんな地域だし、そんな時代でもありました。

ある日、放課後校庭でみんなで遊んでいました。
そうすると後輩が私を呼びに来るではありませんか。
「聖雄(せいゆう)くん、玄関に北中道小学校の人が5人くらいいて、ここのNO.1を呼んでこいといってる…」
北中といえば、鶴橋あたりではちょっとワルが集まっているという評判の学校。
命知らずのやつがいっぱいいるとうわさされていました。
今から考えるとカワイイものなのですが、渦中にいるときはまるでVシネマの1シーンのように感じられたものです。
内心ビビリながら、さてどうしようと考えました。

玄関の方に目をやると、悪そうなやつらがこちらを見ているではありませんか。

ふと私は思いつき職員室に向かってかけ出しました。
ドアを開け、そして中に入っていきました…。

かりにも私は東小橋小NO.1です。「チンコロ」(いいつけること)なんてするわけありません。プライドが許しません。

先生が「上田(高校2年まで上田でした)どうした…。」と声をかけますが、「別に何もありません」と職員室を一周して、校庭に戻りました。
思った通り、北中のやつらはもう玄関にはいませんでした。

そう、闘わずして勝利を手に入れたのです…?
そう、私は正義感が強く、平和主義者。
無駄な争いは決してしません。

どこからか聞こえて来る声
「おいお前、それ完全に逃げとるやないか。そういうの世間では卑怯者ちゅうんや。」
私「…。」

ひとりぼやき漫才のようになってきましたが、もう少し続けます。

勝利に酔いしれていたのもつかの間。翌日、先輩を通じて北中のやつらからケンカの
申し入れがありました。
もう逃げられません。(やっぱり逃げとるやないか!)

忘れもしない東小橋公園。
色黒で小さいけど、根性のかたまりのようなやつが、私に向かってこう言いました。
「お前が小橋NO.1か…。」
私は言い返しました。
「そうじゃ。それがどうした。」
すると色黒の小さいやつは
「やったら、やったら、やったら…。」(この場合、やったらはケンカのこと)
といきり立って向ってきました。

平和主義者の私としては、そう簡単に闘うわけにはいきません。
大体、この闘いには大儀がないじゃありませんか。(ガキのケンカにそんなんいるか!)

そこで私は考えました。そして一言。
「あわてるな、待っとけ…。」
と振り返り、私の後ろにいたNO.2〜NO.5の中の一人に目をやり、「とりあえず一番手…。」と言い放ちました。

「おいおい」とつっこむ声が聞こえてきそうですが、これは当然のことです。
5人いたら、大将は一番最後に登場すると相場は決まっています。
勝敗は忘れましたが、一番手、二番手、三番手と進んだとき、周りの人たちが騒ぎ出したということもあり、先輩がとめに入りました。
「お前らもうやめとけ…。」

そこで私が一言。
「今日はこれくらいにしといたら…。」
と言ったかどうかはみなさんのご想像におまかせします。

“きのうの敵はきょうの友”というのも相場が決まっています。私たちは北中のやつらと急速に仲良くなりました。

後々聞いたのですが、私たちが闘ったのは、いわば二軍。北中にはもっと強いやつらがいっぱいいたと…。

そんなもんです。ちょっと世界が広がれば、自分より強いやつなんてたくさんいます。
そんなもんです。

まあまあ、エピソードはもっといっぱいあるのですが、きりがないのでまた次に回すとして、とにかくちょっと卑怯な一面もあったのですが、小学校6年生という時期は、私にとって人生の大きなひとつの山場であったことには違いありません。

なんとなくそんなことを考えてみると、あの頃っていうのは、思いついたことや、やりたいことに、真っ直ぐというか、何も考えずに力いっぱい突き進んでいたように思います。
それが年を重ねる度に「どうせやったって…」とか、「自分はこんなもんや…」とか、「めんどくさ…」とか、はたまた「周りがうるさいし…」とか人のせいにしたり。
だんだん「あたってくだける!」みたいなことはしなくなっていった自分を改めて感じる今日この頃です。

今回創った映画「花はんめ」で出会ったおばあちゃんたちは、苦労に苦労を重ねて手に入れたなにげない日常を、本当に明日死んでもいいというぐらい、力いっぱい生きていました。その姿は、せつなくもあり、またまぶしくもありました。
その魅力的なおばあちゃんたちを映画にすることが出来たのは、我ながらよくやった、と誉めてやりたい気分です。きっと小学校6年生のころのように、思い立ったことに何も考えずに突っ走ることが出来たんだと思います。

「これからもう一度人生のピークを迎えたい」とか、「何かのNO.1になりたい」なんてさらさら思っているわけではありません。
そう、「NO.1よりオンリーワン…」  ンン、どっかで聞いたことあるフレーズ…。

とにかくオンリーワンとかそういうんでもなく、ただ小学校6年生のあの頃の気分にちょっとだけ立ち返って、がむしゃらに映画創りや映画上映を大いに楽しもうと思っています。

ハァー、やっと一回分ぼやいたって感じです。